田辺 陽
テナントとオーナーそれぞれが契約に基づいて、物件契約時点の元の状態に戻す工事のことを言います。ほとんどのケースにおいて原状回復義務はテナント(お金を払って借りる個人や法人側のこと)にあるよう賃貸借契約書に定められています。
入居しているビルや店舗物件を退去する際には、「原状回復工事」が発生します。
原状回復工事は何もせずにいると工事費が高額となる恐れがある工事のため注意が必要です。
本コラムは原状回復工事とは何なのか、高額となる理由、適正な金額にしていくためのポイントなどについてお伝えします。
原状回復の「原状」とは、「初めにあった状態のこと、元のままの形態のこと」を言います。すなわち、「原状回復」という言葉は、「ある事情によってもたらされた現在の状態を本来の状態に戻すこと」と言えるでしょう。そのため、物件を契約解除した時に発生する原状回復工事における「原状回復」とは、「物件契約締結以前の状態に回復させること」になります。原状回復工事とは、「物件を借りたテナント、物件を貸したオーナーそれぞれが契約に基づいて元の状態に戻す工事のこと」です。そして、原状回復しなければならない義務のことを「原状回復義務」と言います。
元々借りていた物件はオーナーの資産であるため、それを元に戻すために原状回復工事は行われます。居住用、事業用、オフィス用など関係なくほとんどのケースにおいて原状回復義務がテナント(お金を払って借りる個人や法人側のこと)にあるよう賃貸借契約書に定められています。
法人が契約する店舗やオフィス(事務所)物件の場合は民間の賃貸住宅とは違い、賃貸借契約書やその特約にて原状回復工事の内容や範囲、誰が発注するのかなどが定められています。
例えば、床、壁、天井(照明)、内装等がない状態で賃貸するいわゆる「スケルトン」と呼ばれる状態で借りた場合には、原則として退去する際にもスケルトンに戻す必要があります。
賃貸オフィスの場合は、飲食店など店舗物件と異なり契約時において既に床があり、照明や空調が天井に付いているなど内装が整っていることが多いです。この様な場合の原状回復はスケルトン状態にするのではなく、入居時の床、壁、天井の状態にすれば良くなります。
原状回復工事は、その内容や実施する箇所によって「A工事」、「B工事」、「C工事」と3種類に分類されます。
賃貸契約書や特約にて取り決められている内容によって、工事範囲が決まり、誰が工事を発注し、工事費用を誰が支払うのかがそれぞれ定められています。それぞれの工事範囲を仕分けると、下記表のようになります。
A工事 | B工事 | C工事 | |
---|---|---|---|
工事会社の指定 | オーナー | オーナー | テナント |
工事会社への発注 | オーナー | テナント | テナント |
工事費用の負担 | オーナー | テナント | テナント |
主な対象範囲 ※対象範囲は物件により異なります |
施設の共用部 エレベーター、共用トイレ 共用通路 標準的な設備 等 |
分電盤 給排水 防水防災設備 厨房給排気 空調設備 等 |
内装工事 什器備品 照明器具 電話工事 等 |
A工事はオーナー側が工事する会社の選定、発注〜費用負担まで全てを担います。逆に、C工事はテナント側が工事する会社の選定、発注〜費用負担まで全てを担う工事となります。どちらも対応や責任の所在が一方のみで明確です。
一方、原状回復工事において複雑なのがB工事と呼ばれる区分になります。このB工事は、テナントが工事費用負担となるにも関わらず、オーナーにて工事会社を指定する工事になります。詳しくは後述しますが、B工事はほとんどの場合において割高な見積が提示されるため注意する必要があります。
オーナーが原状回復工事を行う目的は、「退去があっても物件の不動産価値を維持し、新たな入居者を獲得できるようにするため」です。
空調、給排水、防水防災などの設備は物件(施設)の共有のものであるため、これらの工事を行う場合、物件(施設)全体に影響が出てしまいます。テナントへの貸出部分におけるこれらの工事を退去するテナント側で自由に行われてしまうと、不動産価値が損なわれる可能性があるのです。
また、不動産資産の管理・運用を投資家に代わって行うAM(アセットマネジメント)は、手間をなるべく掛けずに物件の設備をビルの標準に戻したいという考えを持っています。そのため、B工事と呼ばれる区分は、物件(施設)側がリスクや手間をなるべく無くして施工できるように定められているのです。
この様に工事区分はオーナーの考え方や物件にある機能や設備、それらが与える物件への影響範囲によって物件ごとに設定されています。
このため、例えば「とある物件の空調設備はC工事だったのに、別の物件の空調設備の一部はB工事だった」というように同じ工事項目でも内容により、物件ごとに工事範囲が異なる設定がされている場合があるのです。
原状回復工事を計画するために気を付けておくべくことをまとめたチェックリストを無料でダウンロードいただけます。適切に工事を進めるためのポイントが記載されていますのでぜひ活用ください。
オフィスビルの原状回復工事の相場や単価をインターネットなどで調べると、(ビルの規模によりますが)坪2万円〜10万円などと記載されているページもあります。しかし、前述したように原状回復工事における工事区分は各物件の賃貸契約書に記載されている内容により異なります。そのため、ひとえに相場や単価といっても、個々で条件は異なり一般的な相場というのは本来分からないものなのです。そもそも工事費が妥当であるかは契約書の中身を確認し、見積内容を検証しなければなりません。
例えば、防災機器であるスプリンクラーの設置義務は、ビルの規模で決められています。ビルの規模により原状回復工事に含む含まないが変わるため工事費に影響してくるのです。スプリンクラーの機器は高額でもあるので尚更です。この様なことがあるため一概に原状回復工事の相場はいくらだとは言い難いものなのです。
一点、スケルトンでの原状回復工事の場合は、ゴミの量(産廃単価)が分かれば、相場の算段はある程度つきやすいです。
店舗、オフィスビルを退去する旨をオーナーに伝えると、のちのちB工事の見積書を取得することになります。
この見積は、高額な内容で提出されるケースが多いです。このことを何も知らずにいると、テナントはそのまま高額な金額で発注してしまうことになるのです。
テナントで工事する会社を選定できるC工事であれば、発注者であるテナントは相見積もりを行うなど競争原理を働かせながら、工事費を適正にしていくことができます。一方、B工事はオーナーの指定業者で工事を行い、テナントが費用を支払う工事です。
そのため、契約内容だけを見るとオーナー側で金額を適正にする必要のない工事とも言え、いわば言い値のような見積金額が提出される場合があるのです。
B工事を行う工事の指定業者の立場から考えると、発注者であるテナント側とはある程度の店舗数や規模感のある会社でなければ、基本的にはこれきりの付き合いになります。指定業者としては、これからも付き合いが続く施設側(オーナー)との関係を重視し対応をしようとします。
そのため、関係性が続かないと思うテナントとは、工事費を下げてほしいという交渉に応じなくとも良いと考える傾向にあるのです。
これは建設業界全般の構造上の問題とも言える内容です。
工事を発注した場合に、その発注を受けた会社と実際に工事を行う会社の間にいくつもの会社が介在します。このことを重層下請構造と言い、発注を受けた会社が請け負った仕事を協力会社(下請会社)に全部または一部を下請けする構造が建設業界では一般的になっています。
中にはただ仕事を横流しする会社が介在するケースもあり、本来必要のない中間マージンが発生しているケースが往々にしてあるのです。介在する会社が多ければ多いほど工事費も高額となりますが、原状回復工事においても同様の事象が起きています。
商業施設の原状回復工事もほぼB工事
大手不動産ディベロッパーなどが展開している商業施設を退去する際の原状回復工事も同様に「商業施設側の指定業者にて施工を行うこと」が賃貸借契約書に条件として付されていることがほとんどです。商業施設の考え方にもよりますが、多くは新築時に施工を請け負ったゼネコン(スーパーゼネコンや準大手ゼネコン)が継続的に施設内のメンテナンス工事を請け負いながら、テナントの退去時の原状回復工事を対応する形式をとっています。
本来、スーパーゼネコンは民間工事であれば新築数十億円を超える様な案件でないと入札に参加しません。それが、数百万円、数千万円の工事費で収まるテナントの原状回復工事を対応しているのです。これは工事規模に対して工事する会社の規模が合っていないと言えるでしょう。企業規模の大きいゼネコンであるがゆえに工事の各単価も高い見積となります。ここで施設側に価格が高いと訴えたところで「見積を出しているのはゼネコンだからゼネコンに直接交渉をしてください」と言われてしまうでしょう。
いざ、ゼネコンに交渉をしてもゼネコンは不動産ディベロッパーの顔色を伺いながら見積提出しているために、テナントは相手にされにくいのが現状です。
発注者(テナント側)自身が高額である工事費を低減しようとなんとか価格交渉を行ったとしても、指定業者との情報量や経験に差があり業界構造上の問題からしても、満足のいく結果は得られにくいです。
テナント側で別の施工会社から見積を取得したとしても、「契約上そもそも施工できない」「下請けの体制が違う」などを理由に工事を行う会社を変更することはできないと言われてしまいます。
しかしながら、その様な中でも切り口を変えて交渉を行い、工事費を適正なものにしていくことは多くのケースで可能です。本項では原状回復工事(B工事)の費用を削減していくためのポイントの一例をお伝えいたします。
原状回復の内容は、入居の契約締結時に調整した上で確定されます。一度契約してしまうと後で変更することはできません。そのため、入居契約の前に原状回復の内容や範囲などが妥当であるかを検証しておかなければなりません。
場合によっては負担しなくても良い部分まで負担することになっており、退去費用が割高となっている契約内容かもしれません。その場合、事業計画自体が成り立たないということにも関係してくるので、その物件自体を契約すべきかどうかを再検討する必要があるでしょう。
当社がご支援させていただいたオフィス移転の事例で、オーナー側が費用負担するA工事の項目が、テナント負担のB工事として見積書に含まれている案件がありました。この点をオーナーに指摘すると、その部分の工事はA工事に変更となりテナントの費用負担が無くなったのです。このように見積の工事内容と契約書の工事区分を照合することは重要な作業の一つです。
中にはB工事だった工事をC工事に変更できたケースもあります。C工事にできると自社で工事する会社を選定することができるため工事費を適正にしていくことができます。しかし、工事の見積書内容は専門性が高いため、しっかりと確認し精査を行えるようにしましょう。
高すぎる原状回復費用の削減交渉を行うには、オーナー側に対してしっかりとその根拠となるものを示しながら交渉していく必要があります。
それも、ただ精査した金額を提示するのではなく、契約内容や相場感、商流、ステークホルダーなど踏まえてあらゆる切り口から交渉することが肝要です。契約書の内容は千差万別ですので、素人判断が難しい内容もあります。そのため、業界に対して深い見識や知識、経験が必須となります。
しかしながら、チェーン展開企業でなければ原状回復工事はそう頻発するものではないので、(特にオフィス移転においては)発注者側に経験や見識のある方はそれほどいらっしゃいません。このようなことからも、原状回復工事の費用を適正にしていくには、多くのケースにおいて総合的に適正判断ができる専門家の関与が必要と言えるでしょう。
原状回復工事はただ何もせずにいると高額な工事見積を提案され、そのまま発注期限が迫って発注をせざる得なくなる可能性が高いです。
そうならないためにも、入居時には契約内容を注意し、退去時には事前に綿密な計画・準備をした上で交渉に臨むようにすると良いでしょう。
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